Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お金のない人を拒絶する制度

11月16日、司法修習生の給費制復活を求める院内集会に参加しました。
貸与制が施行されてしまいましたが、今国会中に改正されれば、
この11月末から始まる新64期司法修習に採用された修習生たちが、借金を抱え込まされることを回避できます。
今回の集会でも、まだあきらめていません!と、
たくさんの若い人たちがブルーのTシャツを着て集まってくれ、
貸与制の問題点、借金を抱え込まされてしまうことへの不安、不合理について、話してくれました。

その中で、貸与制が施行されたことで、司法修習を受けることを断念した方の手紙がありました。

大学、法科大学院と通う過程で1200万円近くの負債を抱え、既にその返済が始まっていること。
将来への不安、周囲への迷惑、借金の額、などを考えると、
貸与制による300万の借金をさらに抱えることは、到底選択できるものではなく、
司法修習を受けることを断念したこと。
市民に身近で安価に利用できる法的サービスを提供したい、
公益的な仕事に取り組みたいと、弁護士を目指したこと。
多額の借金を抱えながら、自分の目指したことができるのか不安であること。
今日も、生活のための仕事があり、集会に参加できなかったこと。


貸与制の弊害を知ってもらい、よりよい制度を考えてもらいたいと、手紙を託されたそうです。

貸与制が、お金のないものを拒絶してしまう制度であることが示されていました。

返済の猶予期間5年の間に免除制度を検討すればいい、という意見があるそうです。
しかし、「検討」という言葉をあてにして、
さらなる300万の借金を抱え込むことなどできない厳しい現実があるのです。

ほかにも貸与制の問題点・矛盾点がたくさんあります。
出勤を強制されるのに交通費も出ないこと。
遠い任地に赴くことを強制されるのに、住宅手当も出ないこと。
遠い任地に行ったものは、より多額の出費を強いられ、より多額の借金を抱えなければならないこと。
お金のないものはより多額の借金を抱えなければならないこと。
そのような負担に公正さ・合理性を見出すことはできません。

公正であるべき司法を担う人の養成制度が、不合理な矛盾だらけの負担を強いる。

一人ひとりの権利を大切にする公正な司法の場にふさわしい制度が必要です。

ぜひ、今国会でこのような不合理な制度をストップさせてほしいと心から願います。





くぬぎ山コンサート

11月14日、みんなのお楽しみイベント、
くぬぎ山の良さを多くの人に知ってもらいたい!と
取り組んでいるくぬぎ山コンサートの日。
今年は、フォルクローレ(南米アンデス地方の民謡)、ケーナを吹く日本の人たちからなるバンド、
イラ・イ・アルカをお呼びしました。
お天気もなんとかもってくれて、穏やかな晩秋の午後、美しい笛の音が林に響きわたりました。

民族衣装に身を包んだメンバーが、
ケーナ、サンポーニャ、打楽器、チャランゴ、ギター、ヴァイオリンなどさまざまな楽器とともに織り成す音色。
和風な武蔵野の雑木林の風景に見事にとけこみ、
日常に紛れ込んだ異空間でありました。
丁寧な曲紹介と楽器や南米の風土の紹介もあって、
バンドメンバーのフォルクローレへの「愛」が伝わってきました。
イラ・イ・アルカ

サンポーニャは竹が連なった笛なのですが、
この楽器の起源は古く、インカ帝国ができるよりずっと昔から、ほとんど形を変えずに使われていたと言われています。
この楽器はド、ミ、ソ、シ、レ、ファのものと、
レ、ファ、ラ、ド、ミのものがあり、
どちらかひとつでは曲を吹くことができません。
2人の人が音を交互に吹くことによって演奏するのです。

この2つにはそれぞれ名前が付いています。「イラ」と「アルカ」、元々の意味は「導くもの」と「導かれるもの」という意味です。これがこのグループの名前の由来。 「イ」は「~と~」という意味。
協力し合うもの、という意味が込められているそうです。

懐かしい「コンドルは飛んでゆく」から
「私が大統領になったなら」
アフリカから南米に連れて来られた人々のリズム音楽も印象的でした。


エコネットメンバーのつくった創造性豊かな舞台もすばらしく。。
舞台
橙色の柿の活け花。。なんて初めて!

私の担当は、お客様にお出しする南米のお菓子作り。。
がんばって作ったお菓子はアルファホール。コーンスターチ入りのクッキーに「ドゥルセ デ レーチェ」(キャラメル色のミルククリーム)をはさんだもの。どんなことになるのやら。
と思っていましたが、ちゃんと試作してくれたメンバーがいて、
無事、出来上がりました。当日はみんな珍しがって食べてくれました。

イラ・イ・アルカの皆様、聴きに来てくださったお客様、本当にありがとうございました!
林




司法修習生の給与継続を求める市民連絡会のこと

今日、司法の根幹を揺るがす「貸与制」が施行されてしまいました。
市民連絡会では、下記の声明を発表しました。

http://blog-imgs-46.fc2.com/s/o/i/soilandair/seimei.htm

私たちも参加する司法修習生の給与継続を求める市民連絡会は、
労働問題、貧困、借金、消費者問題、公害・環境問題などに取り組む18団体で構成されています。
6月に発足して以来、さまざまな活動をしてきました。
まず、司法修習生の給与継続の必要性の趣旨を各方面に説明し、賛同団体を募ってきました。
10月には、全国からなんと800を超える様々な団体の賛同を得ることができました。

街頭で司法修習生の惨状を訴え、これが市民の問題であることを訴えました。
日弁連やビギナーズ・ネットとともに請願署名も集めました。

街行く多くの人々が、足を止め、
それはひどい、と署名をしていってくれました。
サラリーマンのおじさんは、
「研修に給与を払うのは当然だ」と。
子を持つ親は
「教育費にお金がかかりすぎる、なんでも家庭で負担せよ、はおかしい」と。
若者は、
「法学部です。大変なんです」
年配の方は
「若い人がかわいそう」と。
そして、多くの人が、
「お金持ちばかりが有利になる世の中はもうごめんだ」と。

私が聞いた国民の声は、とても温かでした。
新聞の社説のいう、「国民は理解すまい」という冷たいものとは全く違っていました。

そして、署名は、4ヶ月という短い間に60万筆を超えました!

与野党をこえて国会議員の理解も広まり、衆議院、参議院ともに多くの議員が給費制維持に賛同の意向を示してくれています。

集会では多くの国会議員のみなさんが出席し、すばらしいエールを送ってくださり、給費制の意義についてお話いただきました。

新64期司法修習生が、これ以上の借金を抱え込まないためには、
今国会での法改正が必要です。

国会議員の皆さんの有言実行を、心から期待しています。









司法修習生のこと

司法修習生の給与がこの11月から全額カットされてしまう。
わたしたちの会では、このことを知ってから、
法律家の話を聞き、
給与を実際にカットされてしまう、若い修習生予定者の話を聞き、
私たちと同じように、さまざまな問題について、弁護士とともに取り組んできた方々の話を聞きました。
貧困、借金、公害、薬害、冤罪、労働問題・人権問題、多岐にわたります。

この問題は、法律家だけの問題ではなく、
わたしたち市民の権利に関わる大変な問題であるのです。

民主主義の礎である、立法、行政、司法。
多数決の論理で動きがちな、行政・立法。
少数の弱者への対策は忘れられがちです。
これをしっかりと補い、一人ひとりの権利を問うことのできる場、それが司法です。
この大切な司法を担う法律家養成に、大変なことが起こっています。

法律家を目指すのに、大変なお金がかかるようになってしまったのです。

大学卒業後、法科大学院に通わねばならなくなりました。
その通算学費生活費、1000万円以上。
多くの法律家を目指す若者が、多額の借金を抱える事態になっています。

司法試験合格率は今年度25%。
しかも、卒業後5年間の間に3回だけしか挑戦することはできません。
3回受けてだめだったら、司法試験を受験する資格さえなくなります。
負債だけが残るのです。

やっと司法試験に合格できたら、最高裁判所に採用され、1年間の実務修習が義務付けられます。
実務修習修了後、さらに試験が課され、この試験に合格してやっと、法律家の資格を得ることができます。
しかし、その後、待ち構えるのは、就職難。

そして、この11月から、これまで出されていた、実務修習の間の給与が全額カットされ、
お金のない者には、その間の生活費を「貸与」させる、という制度が始まるといいます。
これで、さらに借金が上乗せされることになります。その額約300万。

これでは、お金のないものは、法律家を目指せません。

実際に、あまりのリスクから、法律家を目指す若者は急減しています。
人を大切にしないところへ、人は集まりません。
このままにしていると、
法律家の出自が裕福なものに偏るばかりか、
「お金さえ出せば、法律家になれる」という時代が来るかもしれません。
優秀な人材が法律家を目指さなくなってしまいます。
恐ろしいことです。

司法修習は何のために必要とされているのか。
私たちの大切な権利を預けることができるよう、実務をしっかりと身につけてもらうためです。

司法を担う人を、私たちのために働く法律家を、しっかりと社会で育てることが必要です。
修習生は、全国各地へとばされ、毎日出勤し、アルバイトなどは許されません。
その修習に専念させる間、正当な対価として給与を支払う。
新人研修の間、給与を支払わない企業はありません。

私たちは、6月に発足した「司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会
に参加し、法律家を目指す若者や司法修習生、若い法律家たちの団体である「ビギナーズ・ネット」とともに、地元や街頭での署名集め、賛同団体の呼びかけ、国会議員への要請などに取り組んできました。

がんばっています。
マスコミも含めた、司法改革推進論者の大抵抗もあります。

しかし、制度の綻びを見ようとしない、その論は、あまりにも冷たいのです。

一人ひとりを大切にしてもらいたい司法の場にはふさわしくないのです。

国民の声は、もっと温かです。
貧しいものの苦しみを、弱者の苦しみを知っている人々こそが、
こんな、若者の夢を奪うような制度はおかしい!と、声を挙げています。

だから、ますますがんばろう、と意を新たにしています。

施行日を迎えてしまっても、手続きにのっとった法律の改正はいつでも可能です。
がんばろう。

ひどい見出し

司法修習生の給費制維持を求める声に対する
大手新聞全国紙の一連の報道は実に冷たく偏ったものでした。

そのなかで
約2000人の司法修習予定者のうち、1500人を越える人が貸与申請した事実について、

「司法修習生4分の1、貸与申請せず 給費制議論に影響も」との見出しをうち、
「今年の合格者2074人がそのまま修習生の人数にはならないが、500人弱は生活費の受給は不要と考えているとみられる。この申請状況を受け、5日の自民党法務部会では「金持ちにも支給する理由があるのか」・・・といった意見が出た。」
としたものがありました。(朝日、2010.10.10)

おかしな話です。
その段階では、まだ、修習地が知らされていなくて、
貸与申請は最終の締め切りを迎えていませんでした。
修習地が自宅から遠くて通えない範囲であれば、
修習生は住むところを自分で確保する必要があります。
交通費も考えなければなりません。
そのため、貸与額を決定できず、修習地が知らされてから貸与を申請する人が相当数いるはずでした。

次に、貸与申請の壁についても書かれていません。
貸与を申請するのには、連帯保証人2名が必要です。
連帯保証人を確保できない人もいました。

連帯保証人が確保できない人は、機関保障を申請するしかありませんが、それにも審査が必要です。
また、保証料金を支払わねばなりませんので、実質、有利子の貸与と同様です。

冷静に考えれば、その時点で貸与を申請しなかった人たちを、金持ち、と決め付けることは到底できません。

もちろん、そうは言っていませんが、記事の流れからして、そのような印象を与えるものでした。

子供に、これ以上借金をさせたくないと、
老後のわずかなお金から、なんとかしようとした親もいるでしょう。
それを「金持ち」というのでしょうか?

議論の前提としなければならないのは、
1500人を超える若者が、修習の間、お金がないと、生活ができないと、
貸与を申請した「事実」のほうです。

貸与を受けて司法修習を修了した後に、待ち構えるのは修了試験、法律家急増による就職難、仕事減。
彼らにとって、新聞の言うような「高額の報酬」や「恵まれている」など、絵空事です。

多額の借金を返せるのか、という大きな不安を抱えながらの修習なんて受けられない、
と修習を断念する人も出てくるでしょう。

これこそ、お金のないものを排除する制度ではないでしょうか。


追記・・
毎日新聞の社説(2010.10.21)も、「最高裁が貸与制移行に先立ち合格者に調査したところ、全体の4分の1は貸与を希望しなかった。親の経済支援などによって賄えるということだ。年間100億円の予算で、その人たちにまで給与を払う意味をどこに見いだすのか。」としました。

親の経済支援などによって。
毎日新聞も本人たちにお金がないだろうことは想像しているようです。
しかし、子供が法律家を目指した家庭はどれだけ家計から費用を支出をすれば許してもらえるのでしょうか。
まして修習生の平均年齢は28歳。とっくに独立しているべき年齢です。
親の支援がある、ということを議論の前提とするべきではないでしょう。

給与を支払う意味は、「最高裁判所が採用し、1年間拘束して実務修習に専念させるから」です。
また、しっかりとした実務研修により、国民の権利を預かる責任と知識を得てもらうことは、本人のためというより、社会のために必要であるから、義務付けられているのではないでしょうか。
その間の生活費を給付する、というのは当然であると思います。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。